「わからない」が言える授業、とは?

わからないが言えることは、大切なこと。

そのためには、「わからない」をわかる必要があるからです。

今の時代、動画配信サイトの普及で、なんでも映像として見聞きすることができます。
映像での体験を、あたかも実体験のように思い込んでしまいがちです。

しかし、実際の体験と映像による擬似体験は、全く違ったものです。

擬似体験いよって、「わかったつもり」になってしまうことが、もっとも恐いと考えています。
「わかったつもり」になってしまうと、「わからない」が消えてしまいます。
つまり本当の理解には、「わからない自分」をまずは自覚することが最も大切になるのです。

「わからない」がわかること。

そこから、学びをスタートすべきなのです。

授業で説明をしていると、よく「知ってる」という発言を耳にします。
「知っているなら説明してください」というと、みんな口を黙ます。

「知っている」ことと、「見たことがある」ことは違います。
「見たことがある」ことを「知っている」と誤解することは、「わからないの自覚」と同じことだと思っています。

学びは知らないことがあるから始まります。
「わかっているつもり」や「知っているつもり」は、学びを阻害するとても危険が発想です。

「つもり」をなくすことができて、初めて本当の学びが始まると考えています。

入れ替えがほぼ完了かな

教員用のPCも入れ替え。「も」というのは、iPadも入れ替え。

2018年4月の機種を、ここで入れ替え。

まさかのコロナ禍でシンクライアント専用端末で、大きな不利益。

FAT端末じゃあないとオンライン授業などへの対応ができないので、Macの先生方と大きな差が生じてしまった。

今回は、その不具合の解消が最大の目的。

次に備えて、シンクライアントとFAT端末、インカメラにアウトカメラの2つのカメラ。

コロナ禍への対応だけでなく、次を強く意識したPCの準備と入れ替え。

これで、いま考えられる授業には備えが整った。

MacはM2で、WindowsはCorei5。かなりスペックに違いが出てしまうけど、そこはそれ。

オンライン授業をiPadだけで乗り切ったので、激しく劣化(?)。

iPadだけで乗り切るために、かなり無理を強いてしまったので、きちんと対応。そのためにスペックに高いiPad Airを全教員、非常勤と専任の差をなく貸与。

もちろん、第二世代のpencilもつけます。

コンピュータ室のiPadを貸し出しているので、最大で2台のiPadと1台のPC。

30年ぶりかなあ松代に来たのは

松代といえば、大本営。久しぶりで周りが整備されていてビックリ!

珍しく長野の小布施で初めての温泉

温泉- おぶせ温泉穴観音の湯 公式
— 読み進める www.obuseonsen.sakura.ne.jp/sp/index.html

春休みを利用して小布施まで足を伸ばして温泉。

穴観音という名前に惹かれて温まりました。

アドビの生成AI「企業が安心して使える」納得感 | IT・電機・半導体・部品 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

アメリカのマイクロソフトやグーグルがしのぎを削るジェネレーティブ(生成)AIの領域に、新たなプレーヤーが名乗りを上げた。3月21日(アメリカ太平洋時間)、「Adobe Photoshop」に代表される業務用の画像編集ソ…
— 読み進める toyokeizai.net/articles/-/661615

2023年4月~2024年1月の「電話リレーサービス料」は1.1円/月、携帯キャリア各社発表 – 記事詳細|Infoseekニュース

携帯キャリア各社は3月22日、2023年度の「電話リレーサービス料」の改定について一斉に発表した。電話リレーサービ
— 読み進める news.infoseek.co.jp/article/mynavi_2577263/

やっとたどり着けた最後の授業。

昨日の家庭科で、今年度の授業は、お終い。やっとここまで着ました、という感じ。

結局、5月からはいつものように授業を担当。

何も変わることのない1年を過ごすことに

本当に何も変わらない。

確かにICT支援員の方が来たけど、それだけで何かが変わるほど楽じゃない。

iPad本体のトラブル対応、画面を割ったとか、パスコードを忘れた、のような対応はしてもらえるけど、それ以上は頼めない。

何も変わらず流れに呑まれ続けた2022年度。

残るは就業礼拝と卒業礼拝。

春は確実にやってきている(?)

庭の木蓮が咲きほこっています。

春は確実にやってきています。

しかし、心は凍ったまま。

季節はめぐっていく。

心の春は巡るのだろか?

家庭科の「大樹」が完成!

コロナ禍で、家庭科の内容は調理から、裁縫に大きく変更することを余儀なくされた。

そこで、図工科とも一緒に作った「大樹」。

「大樹」というだけあって、かなりの大作。

講堂の3階から垂らして、2階の床に楽々と届くほどの大きさ。

家庭科の先生と、ちょっと大過ぎた?と反省しつつも、作品の迫力に大満足。

2022年の最後の日に思うこと

今日は12/31、大晦日。

2022年もいろいろなことがありました。

どちらかといえば、守られなかった約束の方が多くあった年だという印象。

けっして身勝手な約束ではないと思っていますが、自分にとっては不利な約束に限って守ってもらえなかったように思っています。

リスペクトもされず、心のわだかまりはますます強くなっています。

心が前に向かないから、ストレスばかりがたまり続けた2022年。

コロナ禍を乗り切ったことで、心は完全にバーンアウト。

心の渇きを満たすために、新しいことに挑戦しなければ、倒れてしまいそう。

明日からは、2023年。

変わってもらえないなら、自分から変えていくしかないという思いが非常に強くなっています。

変わらないなら、自分が動いて変えるしかない。

そんな思いをもって、2023年を迎えようと考えています。