6月22日。
今日は、僕にとって特別な日です。2007年から、特別な日になりました。
先生の命日。先生が亡くなった日です。
先生は僕にとって、特別な人でした。多分、これから先も特別な人であり続けるでしょう。そして、二度と先生のような人と出会うこともないでしょう。
2002年の12月に始まる悪夢。先生は、脳梗塞で倒れました。
そこから僕は、ある意味で、全てを失ったのだと思います。
5年間の闘病生活を経て、4年前の今日、先生は帰らぬ人となりました。
ほんの少し、繋いていた命の糸が切れてしまいました。
悲しみ。それを感じることさえできないほどの衝撃でした。
それから4年も経つのですね。
自分の時は、それ以来、止まったまま。2002年の12月からも止まったままというべきかもしれません。
先生とともに進めてきた時計の針。もう一緒に進めてくれる人はいません。
だから、自分の中の時間は、先生を失ってから止まったままなのです。
何度、自分で進めようと思っても、一人では進めることができません。先生とともに進めてきた時計の針を自分だけで進めることなど、できるはずもないことなのです。
何度も、新たな一歩をと考えました。
でも、無理でした。
独りで歩み出すことなど、僕にはできません。
僕は仙人ではありません。イエスでもありません。裏切った人を、騙した人を、まだ許すことができないのだと思います。
それが自分を縛り付けていると知りながらも、その呪縛から逃れることはできません。
先生がいれば・・・。
歴史学に、もしもはいけません。
しかし、もしもを考えずにはいられないのです。
全てを見失ってしまいました。
まだ闇の中を彷徨っています。
あれから4年、先生が倒れてからは8年も経つというのに、未だに闇の中を彷徨い続けています。
この闇が自分の中のあることもわかっています。
自分の中に、自分で作り上げているものであることもわかっています。
自分自身の問題であることもわかっています。
そこから抜け出すのも、自分自身であることもわかっています。
まだその力を持つには至りません。
まだ、心は癒されてはいません。
失った心を取り戻してはいません。
この悲しみと苦しみは、永遠に続くようにも思えます。
抜け出そうとあがき続けるか。
この闇を一生背負い続けるか。
抜け出そうとする自分と、背負い続けようとする自分の戦い。
この戦いに終止符をうつ時も、それほど遠くない未来のように思います。
この二つの妥協点を見出すことができるか。
それとも、押しつぶされてしまうのか。
押しつぶされそうな自分と、いまは戦い続けています。
押しつぶされないように、懸命に耐えています。
その支えは、けっして強固なものではなく、いつ崩れ去ってもおかしくないほど脆いものです。