2011年7月 Archives

どんなに頑張っても、バグは消えない。

はじめから、完成品なんてできゃしない!


あれだけ確認したのに、間違いがあった。
悔し~なぁ。

はじめからノーミスで、すっきりいこうと思ったのに、いろいろと間違いが見つかってくる。
これが一人仕事の限界とは知っていても、ノーミスにしたかったなぁ。

不幸中の幸いなのは、根幹部分が問題なく動いていること。
ちょっとしたミスが、チョコチョコ見つかる程度。
まあ、これなら許容範囲だな、とも思える。

多少のバグは諦めるしかないのかなあ。
1年でシステム構築して、この先10年は使おうという安易な発想が良くないのかなぁ。
キチッとしたシステムなら、10年は持つと思んだよねぇ。

2008年からのシステムを一体化しただけ。
この一体化が大問題なのですが・・・。
入力の基本フォーマットは変更していない。
所見の入力だって、2005年から大きな変更はしていない。


30個の常套句を決めれば、それをボタンでポイポイと放り込んでいくだけ。
「常套句」「定型句」というと言葉は良くないけど、観点評価の基準ということ。
これは一定じゃない方が、ある意味、おかしい。

ノートの提出。
できているか、できていないか。
きちんとノートが作れているか、いないか。

授業での発言。
積極的か、消極的か。

朗読はきちんとできるか、できないか。
お家で練習してきたか、していないか。
宿題はきちんと提出しているか、いないか。


教科によって観点はさまざまでしょうが、それが一定であることは間違いない。
ぶれてはいけない、基準を持っていないと成績なんかにはならない。


だからコメントは、一定の価値基準で書かれるべきだと思っているのです。
まずベースになる一定の平準化された基準があって、その上に、個々の子どもたちの個性をどう評価するかだと考えている。
どちらが優先的であるかも、教科によって価値観が異なるかもしれない。

数値ではなく、言葉を使う意義はそこにあると考えている。
平準化された基準性と、個性を表現する部分があることが、コメントの重要性なのです。

「常套句」「定型句」があるからと言って、それだけでは、数値による評価と同じになってしまいます。
言葉を数値のように扱うのでは、言葉である意義が問われてしまいます。
言葉である意義は、数値化されない個性を伝えることなのです。
数値化することができない個性こそ、これからは重要性が高くなると考えています。

だから大変でも引き継いだコメントの入力システム。
その原型は、もう既に7年ほどの時間を経ていることになるのです。
それと通知表、指導要録を合体させたシステムの正式な稼働は、2008年から。
専科には人気のシステムなんですけどねぇ。


それを今年度からリニューアル。
一生懸命、ミスがないように作ったはずなのに・・・。
この程度で済んでいるから、良しとしなければならないのかもしれませんね。

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