コラボノートとSafariの使い方:2年生情報科の1学期の3回目

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2017年5月10日、2年生情報科の1学期の3回目。

コラボノートとSafariの使い方。

コラボノートはこれから積極的に使っていく。
そのために、ローマ字日本語入力をコラボノートで進めてもらう。

コラボノートは、webアプリ。
Safariで開く。

Safariの画面もきちんと説明しておく必要がある。
そうしなければ、タブがどんどん増えてしまって、Safariがまともに動かなくなる。

Safariページの共有。
タブの追加。
タブの表示。
再読込の方法。
お切り入りの表示。

これらを説明してから、コラボオートへのログイン。
ログインしてサイトを使うということは、ほぼ未知の世界の子供たち。
細かく説明を進めていくと、なんとなく先に進んでしまう子供が出てくる。

なんとなくできてしまうところが、iPadの良くないところ。

最大のメリットではあるが、実は最大のデメリット。
なんとなくできてしまうから、間違った時に何をしたかを自覚的に振り返ることができない。
なんとなくできてしまうから、確認しながら確実に進んでいくという手順を省けてしまう。
これが間違いの始まり。

この間違いが授業を止める。
40人の授業。
1人の間違いに関わると、39人が待っていないといけない。
説明が終わってから、なんて到底通じない。

一緒じゃなきゃダメなのに、一緒に進むが苦手。
自分たちの矛盾が理解できていない。

使いやすいiPad。
使いやすさが罠になる。
罠にはまると抜け出せない。

どんどん悪循環に陥っていく。

情報科と他の教科の最大の違いは、油断できないこと。
自分で説明を聞いて、自分のiPadに自分でやらないといけないこと。

説明を聞かずに、あとで板書をノートに綺麗に写せば勉強した気分になることとは真逆。
あとで友だちに聞いて、と思ったら、聞いた友だちも遅れていく。
全員が自分で進める、という意識をどこよりも強く持たなければいけない。

それを40人で進める。
40人が、確実に全員でそれぞれひとり一人がやらないと、授業が止まる。
誰かが止めると、時間が失われる。
時間はみんなのもの。

自分が正しく進めることで、みんなの時間を大切にすることになる。
ひとり一人が、きちんとすることで一緒に学ぶが実現できる。
そういう意識が低いので、横と確認しながらでないとなにもできなくなってしまう。
自分でやって、間違ったらできないことが自覚できる。
できない自分を自覚することは、恐怖を伴う。
その恐怖から逃亡してしまう。

できないことがいけないのではない。
間違えることがいけないのではない。
間違った方法でやっていることを自覚できないことが、諸悪の根源。

自分は正しく操作している。
言われた通りにやっている。

だけど、違った画面になった。

間違えをiPadのせいにする。
自分が間違ったという意識が欠如している。

意識しながら作業していない。
なんとなく作業している。
なんとなくで作業している日常が、そこに強く反映している。

間違っても良いと思う。
それを繰り返すのは、間違っているという意識が欠如しているから。
間違いを素直に認めて、できない自分を受け入れること。
できない自分を受け入れたあと、どうすればできないからできるに進めるかを考えること。
ここで始めて考えるが生まれてくる。