「お弁当の解体」のまとめ:5年生家庭科の3学期の4回目

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2017年2月2日、5年生家庭科の3学期の4回目。

「お弁当の解体」のまとめの始まり。
これも、ここまで辿り着くのに一週間。

写真を共有する方法として、「Air Drop」を活用することにした。
写真だけでなく、さまざまなファイルも共有できるので、非常に便利か機能。

これまで恐くて、積極的に使ってこなかった。
恐い?

そう恐い。
子どもたち同士でファイルをやり取りする。

そんな恐ろしいことを、好んで教えてはいけないとすら思っていた。
便利さを、とにかく優先させる子どもたち。

繰り返し伝えていること。

出来ることと、やって良いことは違う。

このことの理解がまだ十分だとは思っていない。
だからAir Dropはなあ、と思っていた。

思い切って、この機会に教えてしまおう。
撮影したお弁当の解体の写真。
自分で撮影したものを、友だちが撮影したものを共有できれば、まとめの幅が広がる。

したがって、この授業ではお弁当を解体した4人のグループを越えたデータとやり取りが起こらない。
10つのグループのすべてが異なったお弁当を解体しているのだから、同じグループ以外での共有はありない。

まあ、この常識は通じないでしょうね。

想像通り。
なぜか机を離れて、歩き回って写真を共有。
やっぱりなあ〜。

Air Dropは便利な機能。
しかし、モラルが確立しない子どもたちにとっては、新しいおもちゃを手に入れたことに等しい。

どうして、なんでもおもちゃにしてしまうのだろう。
そういう意味では、なんでもおもちゃにしてしまう天才が子供、と言えなくもない。

これがねえ。
授業をやっている教員じゃなかったらねえ。
すごいなあ、って見入ってしまうんだけどなあ。

お手伝いとはいっても、授業者に限りなく近い立場。
新しいおもちゃを与えてしまった罪悪感に苛まれる。

そのうち、黙っていても使い始めるから、どっこかできちんと制御しておかないと暴走してしまう。
そういう意味では、良かったかなあ。