「お弁当の解体」見本:5年生家庭科の3学期の2回目

投稿日:

2017年1月19日、5年生家庭科の3学期の2回目。

今回は、「お弁当の解体」見本。
実際に、お弁当を解体する。
それを見て、次回の「お弁当の解体」を考える。

写真も撮影する。
その時に注意することを伝える。

この2つが今回の大きな柱。
もちろん、写真の撮影ということでは「お行儀」にも注意を払う。

「お弁当の解体」といわれてもイメージがわかない。
だから、実際に見てどのような課題に取り組むかを確認する。

解体を通じて、何を考えるか?

ただ「お弁当をバラす」だけなら学びは生まれない。
「解体」を通じて、お弁当の構成を知り、どのような食材が何種類あるかを確認していく。
そのことで、お弁当から食についての学びを深めていく。

4枚の写真を撮影する。
その4枚は、既にiTunes Uに載せてある。
「解体の見本」でも、確認しながら進む。

撮り忘れたら大変。
解体してから撮り忘れに気が付いても遅い。
撮り忘れのないように、「iTunes U+解体見本」で繰り返し確認する。

写真を撮影する時の注意。

これは「お弁当の解体」に留まるものではない。
iPadのカメラの特性を理解して、より良い写真を撮る方法をここで学んでもらう。

まずは、ズームは使わない、こと。
子供たちから、「えー」の声が上がる。
バカバカと写真を撮影していたにも関わらず、このことは初耳という子供が多くいた。
あれ?、って感じ。

iPadのカメラは、デジタルズーム。
デジタルズームでズーム機能を使うと、写真の画質が落ちる。
だから、ズームは使わない。

一眼レフカメラや、コンパクトデジタルカメラの多くは、光学ズームがある。
レンズが伸び縮みする、あれ。
それがないから、iPadではズームを使わない。

ピントはきちんと合わせる。
明るさや露出は後でなんとか補正できる。
しかしピントは、後で補正するのは非常に難しい。
ピントさえ合っていれば、後でなんとかなる。

もちろん明るさにも注意するした方が良い。
暗いところにピントを合わせると、そこの明るさに合わせてしまう。
暗いところに明るさを合わせると、明るいところは色が飛んで、白になってしまう。
そのことにも注意が必要。


連写はしない。

子供たちは、なぜか撮影の時に連写する。
シャッター音が好きなんだよなあ。

今回は動きのない「お弁当の解体」の写真。
動きがなにものに、連写は使わない。

動きがあるものを撮影する時には、ビデオを使う。
連写には連写の良いところがある。
しかし、その意味を考えずに、シャッターボタンを押し続けて連写をしない。

連写をしているだけで、巫山戯ていると思われても諦めてもらう。
連写する必要のない被写体を撮影するのだから、連写をしたら巫山戯ていると考えることも伝える。

写真には、意味があることも伝える。
目についたものを、やたらに撮影するのは、お行儀が悪い。

デジタルだから後で削除すれば良い。
だから、とにかく撮影しておこう。

撮影に対するこういう考えは間違い。
デジタルだから、なんでもかんでもシャッターを切るというのは大きな間違い。

意図を持った撮影をする。

なぜその写真を撮影したのか。
そう問われたら、きちんと答えられる撮影をする。
そうすることで、被写体の意味を考えることになる。
撮影した写真を、どのように使うかを考えることで、なんのために撮影するかを考えることができようになる。

とにかくシャッターを切る。

こういう撮影は、学びにつながらないことも説明した。


写り込みに注意する。
照明や不用なものが、写らないように工夫する。
このことも大切な考え。

子供たちは、こんな意識を持ってはいない。
シャッターを切る。
それしか考えていない。
それじゃあ、良い写真は撮影できない。


撮影する角度も考える。

美味しく見えるように撮影するには、俯瞰写真よりも、少し角度をつけて撮影しした方が良い。
毎日、給食の写真を撮り続けている経験からも、そういうことができる。


シャッター音がすることの意味を考えて欲しい。

盗撮防止のためのシャッター音であることを、正しく認識して欲しい。
いまの時代、小学生だからといって許されることではない。
自分が意図するしないにかかわらず、盗撮を疑われるような行為をしてはいけない。
盗撮については、一般社会が「疑わしきは罰する」という意識でとらえていることを考えて欲しい。

ちょっと巫山戯ただけです。

もはや、いまの時代では通じない。
小学生でも通じない。
それくらいの自覚をもって撮影をしないと、必ず間違いが起こること思っている。

間違ってシャッターを切っても、盗撮のような画像が保存されていれば、それは盗撮。
それくらいの危険な道具を持ち歩いている、という認識を持つようにして欲しい。

フィルムからデジタルに移行して、写真の撮影が比べものにならないほど簡単になった。
その代わり、おかしな撮影をする人も増えてしまった。

他人が見て不快になる撮影はしない。
自分が良いと思うから、すべての人が良いと思うなんて考えは捨てなきゃいけない。

撮影には、撮影の技術よりも、お行儀が大切。
お行儀のよくない撮影や、そういう写真は、犯罪。
それくらいの認識を持たないといけない。

簡単になったから難しい。

そういう意識を強く持つようにして欲しい。

これはなにも写真の撮影に限られた話ではない。
さまざまなことに当てはまる。

安易にできるからやって良い、という判断をしてはいけないということ。
iPadを持つことで、世界は広がる。
広がった世界は、ほとんど大半が「大人の世界」。

つまり、iPadを持つことは、大人の世界に入りこむこと。
小学生が大人の世界に入って、小学生のルールで我がもの顔で歩き回れば、必ず痛い目にあう。
そういう自覚も強く持つ必要がある。

こういうことは「情報モラル」に直結する。
情報モラルを情報モラルとして学んでも、直接、自分との関係が築けない。
だから机上の空論になってしまう。

大切なのはお行儀。
情報モラルを身につけることを通じて、いまの時代に本当に必要なモラルを身につけて欲しい。
だからこそ「お弁当の解体」に情報科が深く関わり続けている。