Keynoteでのまとめを進める。:5年生家庭科の2学期の4回目

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2016年10月13日、5年生家庭科の2学期の4回目。

グローバルエクスカーションのまとめをKeynoteで進める課題。
昨日の情報科に引き続き、今日もKeynoteによるまとめを進める。

水曜日が情報科。
木曜日が家庭科。
同じくグローバルエクスカーションのまとめを進めるなら、二日続きの方が効率が良い。
家庭科と情報科で連携して、子どもたちの利便性を高める。

教科、ということでは時間が決まっている。
グローバルエクスカーションのまとめ、という点では、実は同じ。
教科の枠組みを気にしなければ、別にどっちを先に進めても問題はない。

一気にKeynoteのまとめを進めても良い。
しかし、それでは終わりが見えないので、逆に効率が悪くなってしまう。
そこで、週ごとに交互に進めることにした。
この方法を始めて、既に数年。

iTunes Uのコースを参考に、まとめる内容を確認しながら作業を進める。
細々と説明をするよりも、まずはiTunes Uで確認をしてから質問を、ということ。

まずは自分たちで進めてみる。
さらに必要な情報をこちらが提供する。
進まないとわからないことも多い。

ある程度、進んでから説明した方が効果的なことも多いので、その方法にした。

こちらの注意は、「楽しい」ことと「巫山戯る」ことをきちんを分けること。

つい、はしゃいでしまう?
つい、羽目を外しすぎてしまう?

これは意味が違う。
真面目にやることがおかしく感じ始める5年生。
でも、それは違う。

真面目にやるべき時には、真面目にやる。
真面目にやるから楽しさがわかる。

知的な関心が薄いと、どうしても巫山戯てしまう。
子どもたちがどう考えているかは、関係ない。
周りがどう感じるか。

こちらから見て、どのように感じられるか。

巫山戯ていない。
遊んでいない。

たぶん子どもたちは主張する。
巫山戯たという気持ちがあるかどうかは関係ない。
意識をもって遊んだかどうかということは関係ない。

自分の行動がどのように受けとられるかを意識して欲しい。

これがもっとも重要だと考えている。
自分が何を考えて行動したかより、その行動がどう受けとられるか。

こういう発想を持つことができなければ、身勝手な行動が続くだけ。

自分は真面目にやっていた。

そう主張するなら、それでも良い。
こちらは、巫山戯ているとしか受け取れない。
そこで話し合えば良いこと。


言葉や行動が、周りからどう受け取られるか?

こういう意識なしには、社会のなかでは生きていけない。