4年生もベスト給食の最終回:4年生家庭科の1学期の7回目

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2016年6月24日、4年生家庭科の1学期の7回目。

4年生もベスト給食の最終回。

一汁三菜食膳形式の経験を使えば、ベスト給食はそれ程、時間はかからない。
コラボノートという同じ作業のなかで進めれば、同じことをするだけ。

だから、ペースは格段に早い。
ペースが早くなると、「終わった」という「つもり」が頻発する。
「つもり」に過ぎない、という自覚がないから、余計なことを始まる。

だからガツンといきましょう。
ここで、ルールを再確認。
ここで「できるけど、やらない」をきちんと認識しておくことが最も重要。

終わったつもりになると、「楽しい」から「巫山戯る」になってしまう。
どうしてかなあ。
子どもだから当然のことだと考えるべきだろうか。
常にこのことが悩みの種。

時間があったら内容を深める。

なぜこういう風に進まないのだろう。
早く終わることが至上命題。

本当にそんなことに意味があるのだろうか。
内容を自分なりに深める方が大切なんじゃないかなあ。

コラボノートの「巫山戯」の典型は、他の人の作品への悪戯。
なにが面白いというのだろう。
そう思うことが、もう子供心のわからない大人ということなのだろうか。

責任を果たす。

子どもたち自身が、自分たちに託されていると意識が薄いのだと思う。
一汁三菜食膳形式にしても、ベスト給食にしても、子どもたちにできる限り任せたい。
任せることで、自らの学びを自分で深めることができると考えるから。

早く終わることは、大切。
しかし、それは第一のことじゃあない。
早く終わったというのは、まだ時間が残されているということ。
時間が残されているということは、改善することができるということ。


終わったあ、ワーイ!


それじゃあ学びは生まれない。

自分対意外の画像への悪戯は、他の人の学びを邪魔すること。
他の人の学びを邪魔することで、相対的に自分の学びを高く見せることになる。
相対的にレベルが高いことは、意味があるとは思えない。

それと同時に、今の時代だからこそ強く意識しなければならないことがある。

できるからやって良い、は許されないということ。
できるけどやってはいけない、やらない、という意識をより一層強く求められるのが今の時代だと考えている。

いわゆる「情報モラル」の基本は、こういう発想にあるとさえ考えている。

しかし、いまの時代だから必須の認識とも思っていない。
昔から、「できるけどやってはいけない、やらない」は大切に意識。
デジタル化が進む今の時代だからこそ、より一層、その意識を強く持たないといけないと考えてはいる。

できなかったことの多くができるようになった時代。
これは、幸せなことであり、不幸なこと。

例えば、年齢認証。
一昔前までは、年齢認証が他の人からの認証に委ねられた。
しかし、デジタル化が進んだ現代にあっては、年齢認証も自己管理に委ねられている。

自分で年齢認証の「はい」「いいえ」を選択する時代。
自分の年齢を偽ることは、自分の良心に任されている。

「18歳未満」は入場禁止。
小学生だって「はい」を選択することができる。
「はい」ではなく「いいえ」を選択するのも自分。
自分が自分に正直であることがより強く求められる時代。

「道徳」
「情報モラル」

今風の言葉をつかえばこうなるのかしれない。
しかしこれは決して今の時代だから必要なことではなく、いつの世でも必要なことであると考えている。