iPad miniの貸与の初め:6年生情報科の1学期の1回目

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2016年4月12日、6年生情報科の1学期の1回目。

「iPad miniの貸与」から始まり。
6年生の情報科は、1学期しかないので、「1学期」はいらないかなあと思いながらも、念のため。

iPad miniの1人1台の貸与。
1人1台になる最後の学年。

2014年4月から、3年生になると1人1台のiPad miniを購入する。
いまの6年生は、2014年4月に4年生になった学年。
つまり、移行期のなかで最後になってしまった学年。

それも正直に、子どもたちに伝えた。
去年は、3年生と4年生が自分のiPad mini。6年生は学校のiPad mini。
3年生以上で5年生だけが1人1台じゃなかった。

去年の5年生とは、つまり、いまの6年生。
そうとは知らずに、ごめんなさい。

クラスごとに、タブレットやスマートフォンの使用状況を確認。
1つのクラスで、1人だけがまったく使ったことがないという結果。
つまり、全員に限りなく近い子どもたちが、画面を操作する端末を使っている現実。
その現実を踏まえて、情報科がなにをすべきかを改めて考える必要も感じた。

iPad miniを自由に使って欲しい。

この「自由」が問題。
子どもたちにとって、「自由」とは「なにをしてよい」と同義。
しかし、「自由」の意味は「なにをしてもよい」とは違う。

そのことから確認。

最近の口癖。
楽しいことと、巫山戯ることは違う。

それと同じようなことだと思っている。
節度をもつことは、人として大切。
どんなにiPad miniが上手に使えても、使い方を間違えば、それは「使える」とは違う。

それが最初の情報モラル。

学校でiPad miniを使うルールの最初。
これがおかしなルール。

授業の時以外は、電源を切る。


iPad miniなのに、電源を切るのです。
スリープではありません。
電源を切るのです。

おかしいでしょ?

おかしい。絶対におかしい。
しかし、このおかしなルールを作らないと、学校でiPad miniを使うことができない。

授業時間以外に電源が入っていると、すぐに起動できてしまう。
そのことで、ちょっとした時間にiPad miniを使うことができる。

それがiPad miniを使う最大のメリット。
しかし、そのメリットを犠牲にするルールが存在する。

これは、絶対におかしい。
ルールを作った本人がそう思うのだから、おかしいに決まっている。

子どもたちは、授業以外で学びにiPad miniを活用しない。

そういう先入観がこちら側に強くある。
だから、大人がついていないときには自由に使えない、としないとならない。

これが悲しい現実。
このルールが絶対だとは思っていない。
おかしなルールだから、すぐにでもやめたいと思っている。

しかし、2014年4月からの2年間、残念ながら君たちの先輩や後輩たちは、僕たちにこのルールをやめさせてくれなかった。
このルールを廃止しよう、とは思わせてくれなかった。

この1年間は、チャレンジです。
この1年間は、常にテストなのです。

君たちが、頑張って「電源を切る」というおかしなルールを廃止することができるかどうかの挑戦の日々なのです。

ルールは君たち次第で変わっていく。
そのためには、君たちがなにをすべきかを考えなければならない。

これが情報モラルの基本だと考えている。
今年の6年生に、初めてiPad mini1人1台の環境を提供するにあたって、まずは伝えたかったこと。

ルールは、君たちを縛るものではない。
ルールは、誰しもが楽しくいられるためのもの。

これは情報モラルという狭い概念にとどまらず、広くさまざまなことにつながると考えている。


6年生の情報科の課題は、関西方面フィールドワークの準備。
そのことについては、次回、なにをどうすべきかを伝えたいと思う。