3年生の社会科見学

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2015年11月30日、3年生の社会科見学の引率にいってきました。

鬼子母神と都電荒川線、巣鴨地蔵通り商店街の三ヶ所。

3年生の子供たちは、初めての社会科見学だったそうです。
あとで確認してわかりました。

社会科見学として学校を出る、という意味が良く理解されていたかどうか。
遠足との違いが、あまり自覚されていなかったような気がする。

こちらがどんなにそれを喋っても、自覚しなければ始まらない。

自覚なき学びの意味がわからない。
知識を身につけるよりも、自覚を持つ方が難しい。

知識の量は、数量化できる。
自覚の度合いは、数量化できない。

数量化できることは、詰め込めばよい。
数量化できることほど、簡単な事はないといってしまえば、それまでか?

数量化できないことの方が重要だと思う。
数量化できる知識を身につける必要のない子供たちにとって、身につけるべきは数量化できないことじゃないのだろうか。

もちろん、数量化できるかどうかは、いまの時点での話。
現時点で数量化できないから、それが重視されないことに大いなる疑問を持っている。

数量化した知識が問われる最たるものが受験。
その必要のない子供たちに対して、それを身につけさせる意味が理解できない。

どうしてだろう。
なぜだろう。

疑問はますます強くなる。