タブレット端末は新しい教育を生み出さない。

昨日の研修会の午後の報告。


タブレット端末と新しい教育。


簡単に言ってしまえば、タブレット端末は新しい教育を生み出さない。
タブレット端末を、何台導入しようとも、新しい教育は生まれない。
例え、1人1台になっても、教育は新しくならない。

これって、昨日の内容とは全く逆になっている?
矛盾している?


いえいえ。
まったく同じ。


ただタブレット端末が入ってきても、教育は変わらない。
何台になっても、1人1台になっても、変わらない。


大切なのは、どうするか。


なにをどうするかが問われる。
なにに、どう使うかを、理念的にきちんと構築しないと、ただタブレット端末があるだけ。

タブレット端末があれば、子どもたちの目の色が変わるから、教育は変わるかもしれない。
しかしそれは、新しいとは言えない。

「新しい」を生み出すには、そのための論理だてが必要。
理念なきところに、新しい教育は生まれない。
理念のない教育は、意味がない。
意味がないなら、いらない。


機械を増やせば変わるものではない。
増やしただけで変わるのならば、教師がいる意味がない。


新しくするためには、どのような理念が必要か。


昨日の話の根本はそういうこと。