「仮想する子どもたち」を新しいテーマに掲げることにしよう。

情報科な日々の新しいテーマ。

仮想する子どもたち。


これでいくことにしよう。
「仮想する」子どもたち。

これを生み出すために、いろいろな試行錯誤を繰り返す。


考える子どもたち。
想像する子どもたち。
イメージする子どもたち。


デジタルに生きる子どもたち。


これらをまとめて、「仮想する」と概念化することしよう。

デジタルがネイティブになりつつある日常。

人がアナログである以上、デジタルは擬似的世界。
アナログこそが、真の世界。
デジタル世界は、擬似的な世界であって、真の世界ではない。

その擬似的な世界が、日常になりつつある現在。
擬世界と真世界を、往還しながら日常が進んでいるといっても、過言ではない。


インターネットはからっぽの洞窟/クリフォード・ストール/倉骨彰


それは、「仮想する世界」だから。
「仮想する世界」だから、仮想しなければ参画できない。
「仮想」するためには、想像力を養わなければならない。
想像力は、イメージする力。
イメージすることは、自分だけの像を描くこと。


頭の中に、明確に像を描くことができれば、吐き出すことができる。
頭の中の像を、描くことや、概念化された言語として、吐き出すことができる。
吐き出すことができれば、伝達することが可能になる。
伝達することができれば、それを共有することができるようになる。


自分だけが描いた像を、共有し、相互に交換することができれば、コミュニケーションが成立する。


だから情報機器を通じた情報科な日々の展開は、「仮想する子どもたち」という発想が重要になる。
「仮想する情報」
「仮想化する情報」

「仮想」も「情報」も柔軟な言葉。
その柔軟さを上手に活用して、新しい情報科な日々が始まるのです。